【機屋」
広辞苑第3版は、「機」を①織物をつくる手動の機械②機で織った布、と定義している。自動織機全盛のご時世に「手動」に限るとはやや時代遅れの感もあるが、いずれにしても機屋とは、織機を使って経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交差させて布に織り上げることを業とする個人・企業である。
織機には様々な分類法があるが、そのうちの1つが「広幅織機」と「小幅織機」という分け方である。文字通り、広幅織機は幅の広い布を織り、洋服生地などを織る。着物、帯を作っている泉織物は小幅織機を使う。伝統的に幅1尺(約38㎝)の布が着物に仕立てられてきたためである。
【「糸を創ってます」】
最高級の和服地である「お召し」を産み出したのは江戸時代の桐生である。普通より強い撚りをかけた絹糸を糊で固めて織り、後で糊を洗い流す。小さな凹凸(「しぼ」という)ができてコシがある。しっとりと肌に馴染む上に着崩れしにくく、裾捌きがよい。11代将軍徳川家斉が好んで「お召し」になったことから、この名がついたと伝わる。
泉織物は「お召し」の技法を今に伝え、質の高さで知られる機屋ある。だからだろう。数多くの繊維業界人が
「泉さんは取材すべきだ」
と筆者に勧めた。だが、正直気が進まなかった。経営者の泉太郎さんとは知らない仲ではなかったが、
「いまさらお召し?」
という思いが消せなかったからだ。
お召しの技法はすでに江戸時代に確立されている。だが、その後さらに工夫が加わり、より質の高い布地に育ってきたという話は聞かない。250年、300年間の技法がそのまま残るのは伝統工芸である。だが、技というものは職人たちの年々歳々の努力と工夫で磨き上げられ、洗練され続けることで未来を開く生き物だと筆者は考える。すでに冷凍保存の状態に入った技を紹介してどうする? そんな疑念が消えなかったのである。
だからだろう。久しぶりに顔を合わせた泉さんへの最初の質問は、いま考えれば大変失礼なものになった。
「いま、何をやってます?」
だが、泉さんは取り立てて構える風もなく、率直にに答えてくれた。
「はい、糸を創ってます」
ん? だってあなたは機屋さんでしょう。機屋とは買って来た糸を布に織るのが仕事ではないか。糸を作るのは製糸メーカーではないのか?
「そうなんですけど、市販の糸では私が創り出したい着物が織れないのです。だから、糸から作るしかないと思い定めました。ええ、変わり者といわれますけどね」
糸を創る。俄然、泉織物への興味と感心がムクムクと湧き上がった。