【糸を組み合わせる】
話がここまで進むと、繊維産業についてまったく無知である筆者はトンチンカンな質問をしてしまった。
「じゃあ、蚕から飼っているのですか?」
そうではなかった。泉さんは市販されている絹糸を3種、4種と組み合わせるのである。数種類の糸を撚る。縄のように編む。1種の糸にほかの糸を巻き付ける。加工法は様々である。柔らかな肌触りの中にも、着崩れしない「硬さ」が欲しい。部分的に色の乗り方が違う糸で新しい質感を持つ生地を織り上げるにはどんな組み合わせがいいか。絹糸自体が持つ光沢が違う糸を数種類使えば新しい布が生み出せるはずだ……。
「生地に膨らみがあり、しわになりにくく、手触り、肌触りがよく、裾捌きが綺麗にまとまる。私が創る和服は礼装用ではなく普段着だと思っていますが、そんな着物を創るのが私の使命だと思ってやって来たことです。コストは上がりますが、1番いいものを創らなくてはつまらないと思いませんか?」
こうして泉さんが産み出した「絹糸」はすでに100種類を超えた。泉さんは世界中探しても泉織物にしかない絹糸で一品ものの着物、帯を作り続けているのだ。
【「俺んところに買いに来るようにしてやる!」】
泉さんの記憶によると、ちょうど世紀の変わり目のことだった。取引がある京都の問屋から
「絹の白生地を織って欲しい」
という注文があった。染める前の糸で生地を織る。利益率は低いが織機を遊ばせておくよりいいか。そんな気持ちで引き受けた。
白生地は西陣、浜松などに専業に近い機屋さんが数多い。だから、どうせ白生地を織るのならどこにも負けないものにしよう、というのは機屋根性とでもいうべきか。あれこれ工夫を凝らした自信作を織り上げ、問屋に持ち込んだ。
「こんなん、ほかの機屋やったらもっと安う持って来まっせ」
いい生地に仕上がったと自信があったから、価格もほかの問屋より少し高く付けた。それにしても、の反応である。
「こんなもんで商売になると思うてはんのでっか?」