【ニードルパンチで服地を】
澤さんによると、ニードルパンチという加工技術に注目したのは、山梨県織物整理株式会社の渡辺明弘社長だった。英国に出張した際、見慣れないマフラーに出会った。どう見ても織り柄ではなく、ブリンとされた柄でもない。聞くと、とあるテキスタイル作家が、小さなニードルパンチ機で作ったものだという。
渡辺社長は帰国するとすぐに、中古のニードルロッカーを1台購入した。織物のマフラーの起毛処理をしていたので、
「これにニードルパンチで新しい柄を入れれば市場性がある」
と考えてのことだった。
澤さんは当時、この会社の親会社の営業マンで大阪にいた。そのまま山梨県織物整理株式会社が始めるニードルパンチ加工の営業を手伝うことになり、富士吉田市の工場でニードルパンチ加工の説明を受けた。この加工技術を売ってこい、というわけである。
マフラー地に綿のようなスライバーを乗せてニードルロッカーに送り込むと、見たこともない模様がついて吐き出されてきた。澤さんは
「こんなことが出来るのか!」
と目を丸くした。その驚きは、渡辺社長を超えていたかも知れない。
山梨県織物整理株式会社は取引のあった東京の企画会社を富士吉田市に招いた。この技術をマフラーやストールだけに使うのはもったいない。何か、目新しい、可能性が広がる使い道はないか?
何日も議論を繰り返した。新しい加工技術にすっかり魅せられていた澤さんもメンバーの一人で、沢山のアイデアを出したことはいうまでもない。
やがて、議論が収束し始めた。
「新しい服地を作ってみよう。まだ誰も見たことがないファッションが生まれるぞ!」
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