【通す】
よじり作業は終わった。だが、石原さんの仕事はまだまだ終わらない。
繋がれて横にピンと張った糸の下を覗くと、垂れ下がった糸が見える。繋ぎ目がほどけて垂れ下がっているのではない。この日繋いでいた新しい経糸は極めて細く、ほんの少しの力でプツリと切れてしまう。石原さんの作業ミスではないが、ここも繋いでやらないと機織りは出来ない。
切れた糸を丁寧に拾い上げ、石原さんはクルリクルリと左手の3本の指を滑らせながら繋ぎ続ける。
石原さんの仕事はまだ続く。新しい経糸を筬の隙間を通すまでがよじり屋の仕事なのだ。繋ぎ目がほどけないよう巻き取りビームを少しずつ動かして行く。繋ぎ目の瘤が、少しずつ移動し始めた。
実は、筬の隙間を通り越すまでに、繋ぎ目の瘤は3つの障害をクリアする障害物競争に参加させられる。
最初の障害は、ドロッパーと呼ばれる逆U字形の金属片である。経糸にぶら下げられ、糸が切れると下に落ちて織機の電源を落として動きを止める役割がある。織り傷を作らないための大切な装置だ。わずか1.5mほどの幅に9800本の糸が並んでいるから、ドロッパーは糸とほぼ並行になって9800枚下がっている。経糸はこのドロッパーのU字孔をUという字と平行に通ることになる。繋ぎ目の瘤もここを通り過ぎなければならない。
次は綜絖である。経糸を上下に分けるため、経糸が通る小さな穴が空けられた金属棒だ。繋ぎ目はこの穴を通らねばならない。
最後に、0.何㎜という狭い隙間が櫛の眼のように並んだ筬である。
どれもこれも、よじられただけの繋ぎ目にとっては難所である。下手に力を入れて巻き取ろうとすれば、引っかかって外れたり切れたりしかねない。
石原さんは工場長に助けを求めた。一人では出来ない工程なのだろう。
「少し回して」
1列に並んだ繋ぎ目がドロッパーの直前まで進んだ。石原さんと工場長は何度も糸を押さえてしごいた。ドロッパー全体を、バラバラ、という感じで左右に動かし、揺すった回数は数え切れない。糸同士が絡み合ってドロッパーで切断されるのを避けるためである。