【工夫】
正確さ。それは機拵えの絶対条件である。間違いなく組み立てられた架物がなくては、布は織れない。
だが、それだけで足りるのなら、筆者にだって明日からできそうだ。まず、今泉さんの仕事の進め方をじっくり見せてもらう。全体の作業が理解できたら自分でやり始める。時間は今泉さんの数倍、いや数十倍かかるかもしれない。それでも
「架物の納期はあまり気にしないんだよね。1ヶ月、2ヶ月かかるのは当たり前だから」
という機屋さんが多いから、何とかなるかも知れない。
では、機拵えは誰に頼んでも違いはないのだろうか?
「いや、今泉さんには随分助けられている」
というのは、桐生市内のある機屋さんである。今泉さんに作ってもらった架物は狂いにくいし、長持ちする、というのである。何故だろう?
ナス管から下がる通じ糸を間違いなく配列するための目板は、木製の枠の間に、必要なだけ穴をあけた小さな目板を複数枚通して固定してある。普通はそのまま使うのだが、今泉さんは一工夫加えた。小さな目板を1枚ずつ、釘で枠に固定するのだ。
※枠に小さな目板を固定したものも目板という。これからは枠で固定された物を「大目板」と呼び、穴の空いた個別の板を「小目板」として区別することにした。
「小目板はほとんどが木製なんで、使っているうちに水気を吸って伸びちゃうんだよ。そうすると穴の位置が微妙に変わって、その下に下がっている綜絖の位置が狂い、ついには経糸と経糸の隙間が違ってくる。1枚ずつ釘で止めておけば、少しでも狂いを少なく出来るんじゃないかと思ってね」
自分で考えた工夫である。同じ仕事をしていた兄にも
「釘で止めた方がいいんじゃないか?」
といったことはある。しかし、まだ今泉さん独自の工夫に止まっている。
【お勧め】
「金はかかるけど、できれば木製の小目板ではなくて、ファイバー製の小目板を使った方がいい。少なくとも両端の板はファイバー製にしなさいよ」
今泉さんは、架物を注文してきた機屋さんにそう声をかける。どちらを使おうと今泉さんの手間賃が変わるわけではない。それに、木製の標準的な小目板でも長さ20㎝で1万数千円する。穴が小さくなるとさらに高くなる。ファイバー製になるとその3倍はするから、コストが跳ね上がる。
では、自分の利益にはならず、コストアップを招いて機屋さんからは嫌われかねないファイバー製を何故勧めるのか。
ナス管から下がった通じ糸は、漢字の「八」の字がたくさん重なった形になる。外の糸になるに従ってより深い角度で穴に入る上、ジャカードの上下に伴って小目板の穴の一部とよけにこすり合う。1分間に数百回の摩擦で小目板の穴に溝ができるのは避けられず、深い角度とより多くの摩擦に晒される外側の小目板には深い溝ができる。そして木は摩擦に弱く、ファーバーは強い。
「目板にできる溝は通じ糸が切れる原因になる。だから少なくとも外側の小目板は、固いファーバー製にした方が長持ちするんだよ」