背中を押されて 金加の2

【補修機】
ベッド用マットレスのマットのキルティングは、巨大なキルティングマシンが引き受ける。ローラーで送る出される生地の上で何本ものミシン針が同時に縫っていく。金加には日本製、ドイツ製、アメリカ製の高機能マシンが7台並ぶ。
だが、いくら高機能なマシンでも、ミスはある。糸切れ、である。滅多にないが、見過ごして出荷すれば不良品だ。だから、出荷前の検品で目をこらして糸切れがないか調べ、見つけたら補修する。

糸が切れている部分をミシンで縫う。切れていないところにきっちり繋げて縫う神経を使う作業だ。ジャンパーなどの小物や厚みがない生地ならミシンでできる。ところが金加が手がける、ベッドを覆うマットは大きいだけでなく、分厚い。糸が切れた部分を補修するには、たくしこんで幅を縮め、押さえ込んで薄くしなければミシンにかからない。力のいる仕事で、補修を担当する社員の多くは慢性的な腱鞘炎に悩まされていた。典型的な職業病である。

「何とかならないか」

という思いを金井さんは持ち続けていた。

上海で開かれた展示会場を訪れたとき

「これを使ったら何とかなるのではないか?」

と思いついたのは、いつも頭の片隅に補修作業のことが引っかかっていたからに違いない。

といっても、金井さんが目にしたのはそのものズバリの機械ではない。自動的に刺繍で絵を描くミシンである。厚手の生地の上をミシン針が自在に動き回り、見る見る絵を仕上げていた。事前のプログラムに従ってコンピューターが制御しているに違いない。

「それを見て、ミシンで絵が描けるのなら補修も出来るんじゃないか、って思ってね」

帰国するとすぐに知り合いの京都の機械メーカーの社長に打診した。

「実はキルティングの糸切れ補修に困っていてね。上海でこんな機械を見たんだが、あれに手を加えれば自動的に補修してくれる機械が出来るんじゃないかな」

コンピューターだけでなく、センサーなどの技術もひと昔前に比べれば飛躍的に進化した。縫わねばならない箇所をセンサーで特定し、コンピューター制御でミシンを動かして糸切れの部分を正確に縫う。残っている糸と繋げて縫うのだから、精密な測定とミシンの制御が必要になる。いまの技術なら……。
それが金井さんのアイデアだった。

「うーん、何とかなるかも知れないね」

半年ほどすると、世界の何処にもない補修機が届いた。検品係は見つけた傷の部分にシールを貼る。そのマットをローラーで送り込み、シールをはがして機械を動かす。まず赤色光を出すセンサーが傷を特定すると、ミシンがその場所まで移動して傷の部分を縫い始めた。補修が終わって機械を出てきたマットは、どこを見ても傷の跡形すらない。金加からクレームはもとより、腱鞘炎という職業病が消えたのはいうまでもない。

まずセンサーで傷を特定する
ミシンが傷を縫い始める

金井哲学に沿って、この機械も2台導入した。

「いやあ、金井さん、この機械はいいね!」

と感嘆の声を漏らしたのは親しくしているベッドメーカーの担当者である。

「これ、うちにも欲しいな」

やがてこのメーカーも1台買った。まだ世界に3台しかない最新鋭機である。

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