折角の機会である。片倉さんの新井淳一評を残しておくのも、意味がないことではないだろう。
片倉さんはロンドン・ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム(V&A)で新井さんのテキスタイルに出会った。V&Aには新井さんの作品が永久コレクションとして収蔵されていた。手で触れることはできなかったが、見るだけですごさが伝わってきた。まず頭に浮かんだのは、
「それまで見たどんな布とも、ベクトルが全く違うことでした」
西洋の美、日本の美、という分類法がある。だが、新井さんのテキスタイルはそのどちらにも収まりきれない。西洋にも日本にも、伝統的な美しい布は沢山ある。だが、そのどれとも違っているのに、限りなく懐かしく。美しい。華やかさは抑制されているが、でも見れば見るほど面白い。色濃く素人の手作りのような雰囲気を持っているのに、作り方を調べると、とんでもないハイテクノロジーを駆使している。
「あえて例えれば、技は決して表に見せない日本の会席料理、でしょうか」
一例を挙げれば、新井さんはこんなテキスタイルの作り方をする。
まず、ポリエステルのフィルムにアルミを蒸着して細く切った糸で布を織る。織り上がった布を絞り、薬液に漬けてアルミを溶かしてしまう。広げると、絞ってあったところにはアルミが残り、ほかはアルミがなくなってフィルムが露出する。
「それが実に美しいのです。テクノロジーと手仕事の組合せで独特の世界、自分が求めている布の表情を創り出すのが新井さんでした。そういえば、ステンレススチールの糸をメーカーと共同開発しこともあったと聞きました」
ロンドン芸術大学の図書館に「テクノ・テキスタイル」という本があった。テキスタイルにも関心を持っていた片倉さんは、この本でも新井さんに出会う。
「これまでとは全く違うアプローチでテキスタイルを生み出している、と高く評価していたんです」
本だけではない。ロンドンで片倉さんが接した人たちの中にも新井さんを賞賛する人は多かった。チェルシー・カレッジの教授陣は
「Mr. Arai is a Weave Master.」
(新井さんは織りの達人だ)
と手放しで讃えていた。同じ日本人として自分ごとのように誇らしく、嬉しかった。
さらに、桐生に足繁く通うようになって、もっと深く新井さんを知る。新井さんは織物の組織と素材の特性を知り尽くしている人だった。そして科学技術を熱心に研究する人でもあった。そんな基礎の上で、
「こんな表情をした布が欲しい」
という発想が湧くと、あらゆる知識を動員して作り上げた。どこか懐かしさを感じさせるのは、テクノロジーが表には顔を出さず、全体を支える基礎として裏側に控えているからだ……。
そして片倉さんは新井さんの別の顔も見た。
「新井さんは世界中の民族衣装を集めていました。まあ、これはテキスタイル・プランナーという仕事の延長とも言えます。新井さんの作品にどこか懐かしさというか、土着的な空気を感じるのはそのためでしょう。しかし、その他に、人形劇をおやりになるのです。それも、素人仕事ではない。そして、朗読にも取り組んでおられました。そのどれもこれもが副業ではなく、すべて本業なんです」
そのすべてが、1人の人の中でつながっている。そして、創り出す布のどこかに「本業」の面影がある。片倉さんは、とてつもない巨人を見たような気がしたのだった。