「ところで」
と私は話を切り出した。
「2人で起業を決めたとき、開業資金はいくらぐらい貯めてあったの?」
渉さんは妙にきっぱり言った。
「ゼロ、です。全くありませんでした」
えっ、これから起業しようというのに、全く資金を準備していない!? それって、無謀というか、世間知らずというか、サンチョ・パンサを連れて世の不正をただす旅に出たドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャというか……。とにかく、ちょっと無茶すぎるんじゃないか?
「鉄工所に10年勤めていましたので、計算したら50万円ぐらいの退職金が出るはずで、それをあてにしました。いえ、それしかあてはありませんでした。実験店舗だった新桐生駅近くの店なら、それぐらいで看板をつくり、内装を少しいじって足りない食器類なんかを買えば開業できると踏んでいたんです」
しかし、いまの店は全く違うところ。50万円で開業できたはずがない。
「はい、起業を決めてすぐでした。実験店舗の大家さんから、都合ができたので店を返してくれといわれまして。いやあ、退職届は出しちゃったし、あの時は本当に途方に暮れました」
実験店舗が使えないとすると、50万円ぽっちでカフェを開けるはずがない。2人は
「銀行から借りよう」
と、地元の銀行や信用金庫に融資を申し込んだ。そのための事業計画書は渉さんが必死になって書き上げた。
しかし、2人にはカフェを経営した経験も、担保に差し出せる資産もない。金融機関の敷居は、当然ながら高かった。預金者のお金を運用する金融機関は、貸した金を回収できる見込みがないところにはお金は貸さないものである。
あるところでは、
「これ、甘い事業計画ですねえ。いいですか、事業を興すというのは……」
と説教された。
「あなたの事業計画、夢物語ですよ。地に足が着いていない。私たちは夢物語にはお付き合い出ません」
と門前払いに近い扱いも受けた。
2人は行き詰まった。他にお金のあてはない。どうしよう……。