小黒さんの刃物は切れると書いた。切れ味が長持ちするとも書いた。
どんな作り方をすればそんな刃物ができるのか? 小黒さんの仕事を見た。
刃物作りは材料の切り出しから始まる。
普通の大きさの鉈を例に取る。最も一般的な鉈は130匁(約500g)だ。これを作るには、地金を550g、鋼を50g切り出す。いちいち量るわけではない。どちらも目分量だが、狂いはほとんどない。
これが鉈の材料である。仕上がりより100gほど重いが、鍛えているうちに酸化皮膜になってはがれ落ちる分と、研ぎで減る分がその程度ある。
最初の工程は鍛接だ。鉄と鋼を1000℃〜1100℃に熱する。
小黒さんの鍛冶場には軽量発砲コンクリートで囲われた火床(ほど)があり、電動の送風機で下から空気を送り込む仕掛けになっている。燃料にはずっとコークスを使っている。経済的で使いやすいのが理由だ。
燃えているコークスの間につかみで挟んだ鉄と鋼を突っ込む。足下のレバーを踏んで送風量を最大にするとコークスから大きな炎が上がって火力が強まり、数分で鉄も鋼も光り輝くミカン色になる。このあたりがちょうどいいタイミングだ。両方を同じ温度にしないとくっつかない。神経を使うところだ。
「いまだ!」
と判断するのは勘である。これも、まず狂わない。
コークスから引き出した地金にパウダー状の鍛接剤を振りかける。鉄の粉にホウ酸を混ぜたもので、市販の鍛接剤では飽き足らなくなった小黒さんが、鉄工所で出る鉄粉とホウ酸を自分で配合した自家製だ。良く着く。
鉄粉を分けてもらう鉄工所は、純粋な鉄だけを削っているところに限る。普通の鉄工所は鉄以外の金属も削るので、金属粉に鉄以外のものが混じる。これを使うと鍛接がなかなかできない。
20年ほど前、刃物産地に指定されている新潟県長岡市与板町から数人の鍛冶職人が訪れた。みな50代と見えた。小黒さん自家製の鍛接材の評判を聞いてきたのだという。
「鍛接剤の作り方を教えてもらえませんか」
本当の職人は鷹揚である。求められれば、作り方などいくらでも教える。教えたところで、自分の方がずっとうまくできるという自信がある。
小黒さんは気軽に教えた。
「日帰りで、何度かおいでになった。その後は来ないから、自家製の鍛接材が作れるようになったんだんべ」