ミシンの魔術師—大澤紀代美さん 第14回 独立
わずか2ヶ月で、先輩の女工さんたちを追い抜いてしまった大澤さんの技術は、そこで止まりはしなかった。自分に厳しい人である。 刺繍の目に力を持たせるには。 生きているような毛並みに縫い上げるには。 自分で自分にテーマを課し、...
わずか2ヶ月で、先輩の女工さんたちを追い抜いてしまった大澤さんの技術は、そこで止まりはしなかった。自分に厳しい人である。 刺繍の目に力を持たせるには。 生きているような毛並みに縫い上げるには。 自分で自分にテーマを課し、...
キム・ノヴァクから始めた肖像画は年間3、4枚のペースで縫い続けた。第3回で書いたように、日を追って注文は増え、肖像刺繍作家としての名は上がってきた。 それでも、気持ちが荒むのを止めることは出来なかった。 「多分、父との対...
32歳。父が亡くなり、会社がなくなり、家も土地もなくなった。大澤さんを取り巻く世の中がガラガラと音を立てて一変した。 金融機関、かつての取引先、出入りの大工から御用聞きまで、債権者は容赦なかった。先を争うように家にずかず...
眼球の奥底に網膜と呼ばれる部分がある。眼球のレンズを通して入ってきた映像が像を結ぶところで、フィルムカメラのフィルム、今風のデジカメなら撮像素子に当たる部分である。網膜炎とは、網膜に不要な光が来ないように守っている色素上...
右目だけは助けたい。その闘いは、さらに1年半ほど続いた。相変わらず自宅での静養、具合が悪くなれば入院、の繰り返しだった。 大澤さんにとっては視力を守り通せるか、失うかの闘いではなかった。生きていくことが出来るか、自殺する...