趣味? からくり人形師佐藤貞巳さん 第12回 桐生のからくり人形
だがこの年、佐藤さんは清水時計店を辞める。宝石部部長に昇進していた佐藤さんは、この年入った税務調査につきっきりになった。それだけ宝石部門の売り上げが多く、その責任者が佐藤さんだったからだ。ところが、おかげで営業に出る時間...
だがこの年、佐藤さんは清水時計店を辞める。宝石部部長に昇進していた佐藤さんは、この年入った税務調査につきっきりになった。それだけ宝石部門の売り上げが多く、その責任者が佐藤さんだったからだ。ところが、おかげで営業に出る時間...
だが、昭和36年のご開帳が済んでしばらくすると、日本の繊維産業は衰退期に入る。 「糸で縄を買った」 と言われた日米繊維交渉(1970年)が引き金を引いたと言われる。繊維の町・桐生はもろに影響を受けた。町から活気が失われ、...
まず、ボロボロになっていた簑(みの)から修復を始めた。手に持つと崩れ落ちそうに傷んでいた。修理では追いつかないと見ると、麻のロープを買ってきてほぐし、その繊維で簑を作って色を塗った。刀は鞘から出して錆びついた刀身を磨いた...
そして、次々と見つかるからくり人形に市民の関心も高まり、「桐生からくり人形研究会」が旗揚げした。佐藤さんがその第1期会員になったのはいうまでもない。 せっかくの盛り上がりである。郷土の文化をみんなの手で守って行くにはもう...
最初に見つかった「曾我兄弟夜討ち」のハイライトは、曽我五郎、十郎の兄弟が富士の裾野を舞台に、親の敵工藤祐経(すけつね)を討つ場面である。佐藤さんは、ここを盛り上げようと考えた。 オリジナルのからくり人形では、2人の刃に討...