「ああ、これも見ていただかないと、刺繍の本当の良さが分かっていただけないですね」
と二渡さんが出してきたのが、この刺繍を使ったGジャンである。
「何でもないように見えますが、縫い目の上にみごとに刺繍してあるでしょ。これ、実は難しいんです。縫い目のところは生地が2重になっているから厚くなる。ミシンはなかなか段差を乗り越えられなくて、刺繍屋さん泣かせなんですよ。こんなこともきちんとやってくれる。桐生には素晴らしい技術があるんですよ。もちろん、注文を出す方は嫌われますけどね」
二渡さんは自分のデザイン力を自慢しているのか?
桐生に脈々と生き続ける繊維関連の技術を自慢しているのか?
あるいは、こんな素晴らしい技術を使いこなそうとしないいまのファッション業界向かって
「みんなで使わないと、こんな素晴らしい技術が消えてなくなってしまうぞ」
と苛立ちを募らせているのか……。
「これも是非見て欲しい」
と二渡さんはスカジャンを取り出した。
「これ、同じ刺繍工場で、職人さんが横振りミシンを操って手仕事で縫いました。いわゆる1点ものです。この糸の重なり、ボリューム感、こんな素晴らしいものをお客様に届けることができて、俺って幸せ者だなあ、って思いますもん」
横で聞いていた職人さんがポツリと言った。
「ね、難しいお客さんでしょ」
だが、職人さんの目はなぜか笑っていた。二渡さんに無理難題をふっかけられるのが楽しそうである。
写真:説明はすべて本文中に。