二渡さんは4度に渡って離職を繰り返した。それも、仕事が嫌になって辞めるのではない。職場に居づらくなったのでもない。計算ずくで、次の仕事の見通しをたててから辞めるという利口さとも無縁である。
何となく、
「いまの仕事は違う」
という思いに背中を押されるのである。
そして不思議なことに、そのたびに、おそらく自分でも意識しないまま、一歩ずつ「FREE RIDE」への歩みを続けたように見える。
最初に選んだ仕事は営業だった。初めて大人の世界に足を踏み入れ、戸惑いながらも人との接し方、言葉の選び方、気遣いの仕方など、大人の世界で求められる知識や経験を学び取っていった。順調なサラリーマン生活だったが、2年ほどで辞めた。
「何となく、『俺、こんなことやっていいのかな?』って考え出して、スパッと」
間もなく、先輩に声をかけられて男性用カジュアル衣料のブティックに勤めた。ファッションは大好きだったから渡りに船だったともいえる。
それなのに、本店長になって1年半後、この仕事も辞めた。二渡さんを見込んで本店長に引き上げた社長に挨拶に行くと、
「どうしたんだ?」
と聞かれた。思いの丈を話した。
「この会社には感謝しかありません。でも、外の飯を食ってみたくなりました。他の世界も見てみたい。いろいろな経験をしたいという思いが抑えきれなくなりました。見て、経験して自分が成長したら、またお世話になるかも知れません。今日までありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
次はレディース専門のブティックだった。これも声をかけてくれる人がいての就職だった。
再び一介の売り子からの出発である。だが、不満はなかった。
売るには商品を知らねばならない。女性物の服の試着を始めた。そして、チェックする。
・着やすいか
・動きやすいか
・美しいシルエットが出るか
・素材は肌に馴染むか
・日本人の体型に合うか
・……
女性客は自分のサイズを男性店員にはいいたがらないから女性の体型も頭にたたき込んだ。
「お客様にはこのサイズでいいと思いますが」
それが客の身体にみごとにフィットする。