【パンチング】
フランスの発明家、ジョセフ・マリー・ジャカールが、後にジャカード織機と呼ばれる自動織機を発明したのは19世紀の初め、1801年のことである。
織り柄のある布を織るには、織機に張った経糸(たていと)の必要なものだけを引き上げ、残った糸との間に出来た隙間に緯糸(よこいと)を通す作業を繰り返す。長年、経糸の引き上げは人力に頼っていたが、ジャカード織機はそれを自動化した。
ジャカード織機を制御するのは穴を空けた厚紙(紋紙という)で、これを装置にかけると穴を空けた部分に対応する経糸が引き上げられる。当然、どのような紋様を織り出すかで紋紙の穴の位置が変わる。紋紙を作る工程をパンチングといい、穴の位置の正確さが求められた。
この機構をミシンに応用したのが、刺繍を自動化したジャカードミシンである。やはり紋紙が必要で、針を落とす位置に加え、そこからどの方向に、どれだけの距離だけ糸を走らせるかなどの情報を紋紙に空けた穴で表す。この情報に従って、刺繍する布を固定した枠が動いて紋様を刺繍する。
穴があるかないか、つまり0と1で情報を表すのはコンピューターの動作原理と同じだ。だから、いまのジャカード織機、ジャカードミシンの多くがが紋紙を離れ、コンピューターで制御するようになったのも不思議ではない。
だから、かつては文字通り厚紙に穴を空ける仕事だったパンチングが、いまではコンピューターを動かすデータを入力することに変わった。刺繍屋さんに渡すもの穴の空いた紙からフロッピー・ディスクに変わり、時にはメールに添付したファイルで納品する。それでもこの仕事がパンチングと呼ばれるのは長年の習慣によるものだろう。
【曲線】
その日、大塚パンチングの応接室にコンピューターがセットされていた。口での説明では飲み込みが悪い筆者に、近藤稔代表が痺れを切らしたのだろう。百聞は一見に如かず。目の前で実演してやれば何とか理解させられるのではないか。
ディスプレイ上でカーソルが動く。
「こうして、刺繍する範囲を指定してやると、あとは自動的にコンピューターがやってくれます。糸を密にするかまばらにするかも数値を入力するだけです。作業が随分楽になりました」
パンチングがコンピューター化されるまでは大変な仕事だったという。作業台に6倍に拡大した図案を広げる。その上にアームが伸び、手元の左右にあるハンドルを回して針を落とす位置にアームの尖端を持って行く。位置が決まればボタンを押す。すると、アームに仕掛けられた装置で、台の横にある紋紙に穴が空く。穴の位置が少しでもずれると刺繍の仕上がりに響くから、息を止めるほどの真剣勝負だった。
「やり始めたら、周りの音が全部消えてました」
それが、コンピューターを使えば、スキャナで読み込んだ図案をディスプレイに表示し、その形に沿ってカーソルを動かせば誰にでも正確なパンチングができる。近藤さんが
「楽になった」
というのも頷ける。この250万円もするソフトウエアは、パンチングを業とする人はほとんど使っているそうだ。
手作業で紋紙に穴を空けていた頃は、少なくとも3年は修行をしないと使いものいなる紋紙はできなかったといわれる。それが今は、ひょっとしたら筆者にもいますぐにこなせるかもしれない作業になった。