造色 小池染色の1

【染色】
糸や布に色を付ける工程。糸の段階で染めるのを先染め、織り上がった布に色を付けるのを後染めという。
先染めには2つの手法がある。ボビン(糸巻き)にきつく巻かれた糸を染めるのをチーズ染めという。使われるボビンには数多くの穴が開いており、この穴と外から染料を勢いよく吹き付けて染める。かかる時間が短いため糸が傷みにくくてコストも節約できる一方、巻かれた糸の外側と内側で色が微妙に変わる染めムラができやすい。
緩く巻いて束にした糸を綛(かせ)といい、この状態で糸を染めるのを綛染めという。染色機には染料を吹き出すノズルの開いた横棒が出ており、綛をこの棒にかけて回転させながら染める。時間がかかるため糸が傷む恐れはあるが染めムラができにくく、高級な染め方だとされる。小池染色は先染めの綛染め専業である。

【絹なら小池】
いま、絹糸をかせ染めするところが本当に減った。リスクが大きいのである。絹糸は糸の本体であるフィブロインをセリシンというタンパク質の層が包んでいる。セリシンは光沢がなく肌触りもゴワゴワしている上に染まりにくい。だから、先にセリシンを取り除いて染める。だが、保護層ともいえるセリシンを100%落としきると、むき出しになったフィブロインが染色の過程で切れて毛羽が出やすい。毛羽が出た絹糸は織りにくい。だからいくらかセリシンを残すのだが、どの程度まで残すかで染まり方が変わる。
注文された色に染めるにはどの程度落としたらいいのか。毛羽が出たり色が違ったりすれば、不良品として引き取ってもらえない。1度事故があれば100万円単位で損がでる。だから引き受けたがらない染め屋さんが多くなった。

刈り取る 蛭間シャーリングの1

【シャーリング】
英語で書くとShearing。「刈り取る」という意味である。タオルは表面に糸をループ状に出している。高級タオルになるとこのループの先を刈り取って平らにし、ビロードのような肌触りを生み出す加工をする。この工程がシャーリングである。
絨毯でも同じ加工をしたものがある。また、日焼けした絨毯は焼けた表面をシャーリングし、新品の色、質感を取り戻すこともある。
こうしたシャーリング加工は服地に対しても行われる。刈り取ることを前提とした糸を特殊な手法で織り込み、シャーリングしてアップリケや刺繍をくっつけたような模様を残したり、ビロードのような質感に仕上げたりする。蛭間シャーリングの得意技である。
工程が増えるため価格は上がる。高級服地に使われる手法である。

(ボルペンで浮かせたところが刈り取り用の糸。シャーリングすると下半分のように仕上がる)

【罰金は当たり前か?】
織り上げられた服地の経糸(たていと)、緯糸(よこいと)は、当たり前のことだが、端から端までつながっている。途中で糸が切れていれば不良品だ。
刈り取られる糸も、最初は端から端までつながっている。刈り取る部分は経糸と緯糸が交差しておらず、経糸、または緯糸が生地から浮いた状態で並んでいる。この浮いた糸を切断しないことには刈り揃える作業ができないから、この工程はまず浮いた糸の一部を切断することから始まる。

カミソリの刃を上向きに並べたような機具で浮いた糸を、多くは手作業で切断する。特殊な用途の道具なので市販されておらず、蛭間シャーリングは鋸鍛冶職人に特注した。人には見せたくない特殊用具だ。作業効率を上げるため、数枚から10枚近い「カミソリ」が並んだ形になっている。
シャーリングする布地は切断する糸が生地から浮いており、生地とこの糸の間に機具を差し込み、前後左右に動かして糸を切る。

この作業が終われば、巨大な掃除機のような機械で吸引してシャーリングする糸を立たせ、芝刈り機のような刃で指定通りの長さに刈り揃える作業に移る。

刈り取る 蛭間シャーリングの2

【「私、威張るようになりました」】
なぜ事故が起きるのか。それまで蛭間さんは父・清さんと口論しながら様々に原因を考えていた。最終的に行き着いたのがカットするための器具である。これに原因がある!
この器具に並んだ刃は生地とカットされる糸の間に入り込まねばならない。そのため、ガイドとして先端に針金の輪っかがある。お父さんが考案したもので、確かにガイドの役割は果たしている。
しかし、蛭間さんの目には

「まだ突き詰め方が不十分」

と見えた。中空の輪っかのため、作業を続けていると切断されて細切れになった糸がこの輪っかに集まり、綿ごみのようになってくっついてしまうのだ。これが生地に引っかかったり、カット用器具を生地と糸の間に運ぶ邪魔になったりしているのではないか?

(番左が、ハンダで埋めたガイド)

蛭間さんはこの輪っかをハンダで埋めてみた(写真)。中空部分をなくしたのである。

事故率がガクンと下がりました」

次の改良は、カット用器具の取っ手の前後にあった刃を、片方だけにしたことだ。前後に刃を付ければ、動かせば行きも帰りも糸を切ってくれるから効率が上がる。これも父・清さんが考案したものだった。だが、効率が上がる分、事故も増えるとみて片刃にしたのである。これも劇的に事故を減らした。

最後に手がけたのが、刃である。それまでよりずっと高価な、チタンでコーティングされた高級刃に変えたのだ。刃の切れ味がよければ糸を引っかけることもない。切り残しも減るはずだ、と考えたのである。これも効果を挙げただけでなく、刃の持ちがよくなったという副産物までもたらしてくれた。
これだけの改良で事故がほぼゼロになった。

事故率の激減は、単に「罰金」の負担をなくしただけではない。やや大げさに表現すれば、シャーリング業の体質を変えた。

それまでシャーリング業には、納期はあってもないようなものだった。発注主の機屋さんはとりあえず納期は示すが、それより2週間、3週間遅れるのは当たり前の世界だったのだ。作業中に必ずといっていいほど事故が起きるのだから、それはやむを得ない遅れだったともいえる。
それが、事故率が限りなくゼロ。

「納期をきちんと守ることができるようになったんです。作業工程がきちんと組めるようなったと機屋さんから喜ばれました。ええ私、その頃から少し威張り始めました」

刈り取る 蛭間シャーリングの3

【ECO】
シャーリング用の糸のカットが済めば、シャーリング機にかけて糸を刈り揃える工程になることは前に書いた。そのシャーリング機は固定刃と回転刃で糸を刈り揃える機構に、巨大な「掃除機」を組み合わせてものである。「掃除機」の吸引力が刈り揃える糸を吸引して立たせるのだ。
そんな構造だから、「掃除機」の吸引力はできるだけ強い方が良い。糸がより真っ直ぐに立ち、刈り残される糸の長さが揃うからである。

(できるだけ短く、直線に配置されたパイプ)

「吸引機構に工夫をしたのは父でした」

吸引機構はシャーリング機に接続され、大きな回転翼で風を起こして糸を立てる。

「吸引力を強くするには途中のパイプを短くし、できるだけ直線状に配置することだと考えたようです」

工夫の跡はパイプの設置に見て取れる。作業場に設置されたパイプはできるだけ短く、直線に、という原則を守っている。

「ほかのシャーリング工場は見たことがないので、うちだけかどうかは分かりませんが……」

という蛭間さんは、さらに工夫を加えた。といっても、装置に手を加えたのではない。
余分な糸を刈り揃えるのだから、シャーリングからは膨大な糸くずが出る。それを掃除機なら紙パックに当たる袋で受け止めるのだが、その糸ごみは長い間、市の焼却場に持ち込んでお金を払い燃やしてきた。

「もう20年ほど前になるでしょうか。工場見学に来た小学生が『燃やしちゃうの? もったいないね』といったんです。なるほど、確かにもったいないと思いまして」

蛭間さんは再活用の道を探った。もう一度糸に戻せないかと工夫したが、様々な糸のくずが混じり合い、しかも長さもまちまちで難しく、断念した。最終的に行き着いたのは、火力発電用のペレットに加工することである。ただ燃やすより、世の中の役に立った方がいい。糸くずだけでは火力が不十分なため、プラスチックごみと混合してペレットにしてくれる会社を探し出して持ち込むようにした。

「処分料が必要で、焼却場で燃やすより割高なんですが、あの子の『もったいない』に応えなくっちゃ、と考えたんです」

糸屑も屑のままにはしておかない。蛭間シャーリングはエコ工場である。

目の付け所 古澤整経の1

【整経とは】
織機にかける経糸(たていと)を揃える工程である。布を織るには4000本前後から1万6000本ほどの経糸を使う。糸のメーカーはボビン(糸巻き)に巻いて納品する。機屋さんがそのまま使おうと思えば直径10㎝ほどのボビンを、多いときは1万6000本立てなければならない。それは物理的に無理である。だから1万6000本の糸を数百本ずつに分けて1つのビーム(大きな円筒)に巻きつける。一度に400本の糸を巻くとすると40回繰り返して1万6000本にする。それが整経と呼ばれる作業である。

整経された経糸は機屋さんの手に渡る。機屋さんは多いときは1万6000本の糸が巻かれたビームを織機に取り付け、糸を1本ずつ綜絖(そうこう=経糸を上下に分けて緯糸=よこいと=が通る隙間を作る装置)の穴を通し、櫛の目状の筬(おさ=緯糸を押し詰める装置)を経て織り上がった布を巻き取るビームに繋ぐ。綜絖が1万6000本の経糸を上下に分け、その間に緯糸が通って筬が「トントン」というリズムで緯糸を詰める。

スムーズに布が織れていくためには、経糸がスムーズに流れなければならない。言い換えれば、ビームに巻かれた経糸は綜絖の小さな穴に引っかかってはならない。一部の糸を綜絖が引き上げて杼が通る隙間を作るとき、隣同士の糸がこすれ合って上に行く糸が隣の糸を連れて行くのは御法度である。1本1本の糸にかかっているテンションがバラバラでは、織り上がったときに緩い経糸の部分が盛り上がって布が波打つ。

整経業の要諦は、織る際にこうした事故が起きないように大きなビームに糸を巻き取ることである。

【「古澤さんに整経してもらった糸は織りやすい」】
古澤整経の創業は1963年。いま2代目の古澤良浩さんが経営する。糸を巻き取るアルミ製のビームは糸を巻くと重さが300㎏から500㎏にもなる。輸送コストがかさむため他の繊維産地から仕事が来ることはほぼないが、桐生市内とその近郊の機屋さんの信頼は大きい。
ある機屋さんによると

「頼むと、必ず『うちは少し高いんだよね。これだと〇〇の工賃になるけど大丈夫?』と必ず聞いてくれるのがありがたい」

それでも、他の整経屋さんに頼もうとは思わないというから、工賃に充分見合った仕上がりになっているのである。